一つだけだと縁起が良くないとされているようですが、これは日本だけの言い伝えだとか。 十五夜には「芋名月」という別名がありますが、十三夜は「栗名月」と呼ばれ、栗をお供えするのが昔ながらの習わしです。 そもそも、栗と日本人のつきあいは古く、縄文時代までさかのぼります。 一説によると、縄文人(じょうもんじん)は集落をつくって農耕生活を営んでいたそうで、食糧として栗の栽培をしていたといわれています。 この説の根拠になっているのは、縄文時代の遺跡から整然と並んだ栗の木の跡が発見されたこと。 そこから、野生の小さな栗ではなく、栽培されたと思われる大きな栗の実が出てきたのです。 集落のまわりに栗の林をつくり、収穫をみんなで喜んでいる・・・縄文人の暮らしを想像すると、親しみがわいてきませんか。 日本でお月見が盛んになったのは平安時代の頃から、といわれていますが、もしかすると縄文時代の人々も、月を眺めながら栗を食べていたかもしれませんね。
*このコーナーは毎週水曜日に日本海新聞で掲載しています