「さつきまつ花たちばなの香をかげば 昔の人の袖の香ぞする」 五月が近づいて、橘の花の香りをかぐと、昔の恋人の袖の香りを思い出す……という『古今和歌集』の有名な一首です。 平安時代にこの歌が詠まれてからおよそ300年後、鎌倉時代に編纂された『新古今和歌集』にも、同じような歌があります。 「橘のにほふあたりのうたたねは 夢もむかしの袖の香ぞする」
橘の花の香りがする場所でうたた寝をすると、夢の中にまで昔の恋人の袖の香りが漂っているという、さらにロマンチックな歌です。 時を超えて幸せな記憶をよびさますと詠われた橘は、古くから日本人に愛されてきた香り高い樹木。 初夏に咲く白い花も、冬に実る黄色い果実も、その芳(かぐわ)しい香りで多くの人の心をとらえてきました。 ちなみに、日本固有の柑橘類は、この橘と沖縄のシークワーサーだけだという説もあります。 そして、五月の橘といえば、文部省唱歌の『鯉のぼり』にも「橘かをる」という歌詞がありますね。 「橘の香りがする風に吹かれて、五月晴れ(さつきばれ)の空を泳ぐ」 鯉のぼりの姿が、詩情ゆたかに描かれています。 日本の初夏に、すがすがしい香りを届けてくれる橘の花。 皆さんは、その香りをかいだことがありますか?