ヒゲおやじの絵日記/心の旅人

第49話  えらいこっちゃがな (完結編)

絵と文・猪熊燻太郎/提供・朝野家


 いつの世も、勝負の世界は限りなく厳しい。そして、闘いに中途半端はない。勝てばそれまでの苦労も、流した涙も、すべて良き思い出となる。
負ければ、いかなる理由もただの言い訳に過ぎない。企業経営も、また、しかり。倒産すれば、言い訳も通じない厳しい世界だ。

法律二割、心が八割
 この度出会った中年女性の身の上話も、借金地獄の泥沼から必死に這(は)い上がろうとするすさまじい人生劇場の一幕のように思えた。
「奥さん、止むに止まれず、ヤミ金に手を出したのは、きっと魔がさしたんだよ」と慰めを言うと、「建設関係の企業者にはネ、一メートルは一命取るとの戒めがあるんです。魔は、油断という間が心に入ったんですねー」と答えてくれた。
 それにしても、ボクの経験からだが、借金に苦しむときっていうのは、借金を抱えているから悩むのではなく、朝な夕な連日、返せ、返せと矢のような銀行の催促に閉口し、神経が参ってしまうことに悩むものだ。
冷静に考えれば借金で行き詰まっても、法律で解決できる部分が二割、当人の心の問題で解決できる部分が、あと八割の心―なのだ。
 人間、一生に一度や二度、人生最大の危機、正念場を経験することがある。そのとき、その人の真価が試され、人間として魂の成長がある。逃げず、くじけず、勇気を持って、問題に立ち向かうこの女性と家族の心の原動力は、何なのだろうか。
「いかなる困難な問題も、その人自身に解決できない問題は、決して降りかかっては来ない」。きっと、この信念なのかも知れない。これがあと八割の心であり、ヤミ金と対決する原動力となったのだ。

逃げず、くじけず
 息子の胸ぐらをつかみ、脅し続けたヤミ金が、法律に基づき、根拠を示し、毅(き)然とした息子の態度に様子が一変した。そして、店長格の男は、受け取った書類を手にして意外なことを言った。
 「不法原因給付ってヤツだろうが、ウチもなー、楽ではないんや。客から取り過ぎた利息を返すとなると、オレたち下っ端が自腹を切らされるんや。負けてくれいや…」。
 オーッと危ない、弁護士が教えてくれた通りだ。
ヤミ金にも取り立てマニュアルがあって、アメとムチを使い分けてくるから気を付けろ…と。
ここから先は弁護士にバトンタッチ。ヤミ金事務所をスタコラサッサと飛び出した。
 夜空に浮かんだ月が、がんばれと励ましてくれるように思えた。月明かりと街の灯りを受けながら、弁護士事務所へ報告に急いだ。歩きながら、息子に聞いた。
「不法原因給付って何?」と。母さん、無知じゃー闘えないよ、と言って説明してくれた。

まじめ人間が餌食に
 不法原因給付とは…不法な原因による給付は返還請求できないとする(民法七〇八条)規定。
 また、出資法の制限を超える高金利による貸付は違反で無効(民法九〇条)、ヤミ金の不当利得は返還請求できる(民法七〇三条)規定など、被害者がヤミ金業者に立ち向かう法的根拠となっているんだ。
ヤミ金も知っているから豹(ひょう)変したんだ。まじめで、責任感の強い経営者ほど、ヤツらの金儲(もう)けのエサになっているのさ。日本の社会全体が金儲けすることを尊敬の対象とする価値観に問題があるんだよ。
 それから数日後、弁護士を代理人に立て、ヤミ金と交渉開始。
その途端、手のひらを返したように、取り立て請求がピタリと止んだ。
不法に払わされた利息の返還。
残債務一括返済を条件に半分に値切り、無利息。
以上、すべて不動産売却後まで請求はストップ。
契約成功。
しかし、これですべて解決したわけではない。銀行の負債、取引先への支払い、家族の生活基盤―。七難七坂苦難の道はこれからが本番だ。

与えられた道
 突然舞い込んで来た女性の濃縮した生きざまに触れた夏だった。
家内の案内でバス停に急ぐ後ろ姿へ、幸あれと見送りながら思った。
試練は与えられた恵みかも知れない。つらく、悲しいことがあっても、嘆いたり、絶望したりしてはいけないのだ。
今日、明日、答えは出ないかも知れない。耐えて生きるとき、きっと祝福のときはくる。
悲しみも、苦労も、肯定して生きるなら、その日はきっとくる…。

(おわり)

*猪熊燻太郎プロフィール
兵庫県村岡町出身 同町、福岡の生活工房『香味煙』にて、こだわりの燻製づくりに励むかたわらペンを執る。
「やさしくいたわるように、可愛い女性の肩を揉みほぐす要領で」 というのが口癖です。

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