ヒゲおやじの絵日記/心の旅人

第48話  えらいこっちゃがな (中)

絵と文・猪熊燻太郎/提供・朝野家


 思いがけない一人の女性の身の上話を聞く暑い夏の日だった。
人は幸せになりたい願いとは裏腹に、色品変えて重荷を背負って、生きなければならない存在なのだと思った。

あてのない逃避行
 さらに、女性の話は続く。ヤミ金融の取り立てから逃れるため、夕暮れの道を突っ走った。行くあてなどあるはずはない。とにかく少しでも遠くへ逃げたかった。気が付くと山道を登り、街の灯りを見下ろす丘の上に出ていた。
 そこは、途方に暮れて悩んだとき、空に向かって叫んだ丘だった。
目の前の暗闇に浮かぶ街の灯りが無性にうらめしく思えて、ボロボロと涙が流れて仕方がなかった、という。
 悔しかった。情けなかった。腹が立った。不況、リストラ、製品の低価格競争、倒産。ちっぽけな人間が社会の大きな歯車に巻き込まれて行くとき、知り合いの市議会議員も役所も、国会議員も何の役にも立たなかった。
 何が構造改革だ、何が不況対策だ、何が豊かな社会づくりだ…。「人間、一生懸命がんばったからって、必ず幸せになれるとは限らないもんなんですねー」。
女性はしみじみと言った。

死んじゃいけない!
 何かに操られたように車のマフラーにホースを挿し込んだ。
車内に勢いよくガスが流れ込んだ。飲めない酒をあおった。
両親に詫びを言いながら意識がだんだん薄れていった。
ガーン…ガラスが割れる音、母さん…と呼ぶ声に気が付いた。
 虫の知らせか…大阪の大学で学んでいる息子が帰ってきたのだった。
家の様子が変だ、胸騒ぎがした。いつも母さんが話していたあの丘だ…直感だった。
間に合って良かった。
「母さん、まだ生きろということだよ」と息子は言った。
 父の家出、鉄工所の危機、わが家の状況を知った息子は大学をやめた。親身になってくれる良心的な弁護士の門をたたいた。
 破産宣告を相談したが、経営者の父親が行方知れずの今、それも困難。弁護士の指導でヤミ金融と闘う勉強が始まった。十日で五割、十割と異常な高金利、家族、親族にまで暴力的な取り立て。毎日恐怖におびえる日々が続く。

度胸を据えて
 ある日、母親を伴ってヤミ金融の事務所の前に立った。逃げたいという思いが動く。
ドアを開ける手が震えて冷や汗が流れてきた。
思い切って入って行った。
あんた方の取り立て請求は不法だ。
今後、一切請求には応じられない。
弁護士から教わった法定金利計算書を突き付けた。「お前、ずい分態度がでかいな」―。
すごみを利かせた目が光った。

*このコーナーは毎週日本海新聞で掲載しています


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