ヒゲおやじの絵日記/心の旅人

第50 話  えらいこっちゃがな (上)

絵と文・猪熊燻太郎/提供・朝野家


 どこのどなたが読んで下さっているのか、さっぱり分からんまま、書き続けて三年目になる。
時には気力を失って挫折しそうになること度々。その時、支えになる一番の特効薬は、読者の方の声だった(ほとんどないが…)。
ボクの意欲をふるい起こすような人が飛び込んできた。この時ばかりは自分の書いた文章の責任の重大さを感じた。

来訪者の身の上話
 この八月十二日、お中元商戦も最終盤、追い込みの真っ最中のことだった。
白い帽子にジーンズ姿。笑顔の印象的な中年女性が訪ねて来た。
 「ヒゲおやじの絵日記を読んだ。一度会って元気をもらいたくて…」と。
 エーッ、このクソ忙しい時にと思ったが、一見、ただ事ではない雰囲気。これも何かの縁と、家内の勧めたジュースに動かされて見知らぬ女の身の上話を聞くことになった。
 兵庫県相生市で、夫婦で数人の従業員を抱える小さな鉄工所を経営してきた。
六年前、順番を待っていたように次々病に倒れた夫の両親の世話をしながら、油まみれで働いた。
その両親も昨年見送った。さあ、これから仕事に全力を注ごうと思った矢先、取引先が倒産。一挙に資金繰りがつかなくなり、会社は火の車。金策に走り回る日が続いた。

悪魔のえじきに
 親戚からは、これまでの保証人を辞退するという話が追い討ちをかけた。ますます地獄の坂を転げ落ちて行った。
一心同体で働いてくれた従業員の給料調達が困難で、一回限りと、高利の貸し金融の門をくぐった。
これが悪魔の餌食となる始まりだった。
 連日、朝な夕なに鳴る催促電話。
深夜、早朝から「オンドリャー、ロクでなし野郎、指つめろ、風俗にぶち込んだろか、保険あるやろ、死んで払わんかえ」。
神経が変になり、ノイローゼにもなり始めた。半面、勝気な奥さんは無性に腹が立ってきたという。
 家族で爪(つめ)の先の灯が消えないよう手で囲いながら必死生きているのに、政治家のやってることはおかしいですよね。
医療費法案?
有事法案?一体誰を守ろうとしてるんですか。選挙のたびに何言ってると思います?
笑っちゃいますよねー。

逃げるしかない!
 ある日、工場の借金の取り立て屋が来て、スゴンで見せた。その時、奥さんは持っていたハンマーで力任せに鉄板をたたいた。さすがの取り立て屋も一瞬ひるんだ。
 「あんたら大の男が金のことしか言えんのか、エーッあんたらみたいな連中がのさばるから日本の政治家のヤツら、シャンとせんのじゃ、一週間先に来い。耳そろえたるワ…」
女のクソ度胸だった。口から出任せだった。
 外出先から帰ってきた夫が血相を変えた。一週間先、金のできるあてなどない。重苦しい沈黙を抱えて夫は出ていったまま、数日が過ぎた。
いまだに行方が分からないという。不安の日が続いた。
時間がない。取り立て屋がやって来る。
絶体絶命…。
 『逃げろ』、誰かが叫んだ気がした。
印鑑、保険証、権利書、残金のない預金通帳、それから、それから―。
激しく打ち続ける心臓。転がりながら裏口から軽トラに飛び込んで夕暮れの道を突っ走った。
*このコーナーは毎週日本海新聞で掲載しています


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