ヒゲおやじの絵日記/心の旅人

第47話 煙がゆらり
絵と文・猪熊燻太郎/提供・朝野家


 森の樹木ってものはなあ、種類によってな、甘い煙や辛い、苦い、酢っぴゃー煙が出てくるからおもしれーもんだ。
 人間が化学の力で作り出した煙と違い、心あたたかくて、人恋しゅうて、おふくろさんのような、ほのぼのとした味のあるもんだ… ボクが中学生のころ、オヤジが話してくれた言葉だった。

オヤジのにおいはあったかい
 オヤジは出稼ぎをやめ、冬の山で一人、炭焼きを始めた。活発で元気モンの兄とは正反対に、ボクはおとなしく内気だった。
 そんなボクは学校から帰ると長グツを縄でしばり、雪をこいで難行苦行しながらオヤジの手伝いに行くのが日課のようになった。
 弁当の残りめしを箸(はし)で四分六に割り、六の方を『食え』と言ってくれた。それが子供心に、ホロにがい温かなオヤジのにおいを感じた。また、無口なボクに森の木や煙の話をよく聞かせてくれた。

南側は板に、北側は柱に
 ―森の木はな、南向きで太陽の光をいっぱい受けて育った側は肉付きも良く、年輪の幅も広い。日陰で北風に吹かれて育った側は年輪の幅も狭い。だが、芯(しん)は北側に寄っとる。
 用材になると、南北の比重が変わるもんだ。恵まれて育った側は板になり、柱になるのは北側で育った部分だ。人間も同じなんだ。苦しいことや、悲しいことがあっても負けたらアカン。逆境から逃げずに立ち向かう心は後々きっと役に立つ…。

人生は煙のごとく
 中学生のボクにはまだ分からなかったが、泣いたり喜んだりしながら歳月を重ねた今ごろ、やっとその言葉が身にしみてくるのだ。だが、オヤジは遠い昔、煙のように消えてしまって今はいない。
 それにしても、言葉はその人の生きざまがにじみ出ていることを感じさせる時がある。人を助けも、落としもするのが言葉なのだ。人生を歩いていると、人の醜くさもちょっぴり見えることもある…
 人の優しさ美しさにふれて心が熱くなることもある…
 人生はゆらり―と、ゆれる煙のようなものだ。人を煙たがらせたり、香りに包んだりしながら消えてしまう。

*このコーナーは毎週日本海新聞で掲載しています

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