ヒゲおやじの絵日記/心の旅人

第45話 Mおじさんと、どぶろく
絵と文・猪熊燻太郎/提供・朝野家


 冬が来ると思い出す話がある。ボクが小学生のころだった。村に魚屋のMおじさんがいた。冷え込んで雪が降ると、大きな壺(つぼ)を抱えて、Mおじさんが「おるかえ」と言ってやって来た。

おじさんの悲しい思い出
 囲炉裏(いろり)のそばで、おやじも壺を出してきた。壺の中身は、密造酒の「どぶろく」なのだ。
二人でどぶろくの味を比べっこしながら、楽しそうに世間話や昔話をするのをそばでおとなしく聞いていた。
 ある日、Mおじさんが悲しそうな顔で涙を流しながら話してくれたことがある。Mおじさんは以前、猟師をしていたという。
それは日本とアメリカがドロ沼の戦争に突入した昭和十六年十二月八日のことだった。

父を呼ぶ息子の声
 Mおじさんには、陸軍航空隊に入隊している息子さんがいた。
その日も寒かったが、山に行って兎(うさぎ)かムジナでも捕ってこようと思い、犬を連れて山に入ったが、まったく獲物に出会うことがなかった。
もう山を下りて、好きなどぶろくでも呑(の)んで休みたい気がしてきた。
 そんな矢先、前方に親子連れの猪(いのしし)が歩いているのが目にとまった。
しめた…Mおじさんは高鳴る胸を抑え、鉄砲を構えて息を殺して狙いを付けた。
その時、かすかだが、確かに耳元で『お父さーん』と呼ぶ声がした。
 息子の声だ… まさか、そんなバカな… 思い直して再び鉄砲を構えて狙いを付けた。
『お父さーん』また耳元で呼ぶ声がした。ゾッとし、身震いした瞬間、思わず指に力が入ってしまい、引き金を引いてしまった。

やっと仕留めた獲物
 「ズドーン」銃声は静かな山々にこだましながら消えていった。
ぼう然と立つMおじさんの前方に雪を鮮血に染めて倒れている猪を見つめながら、不思議にも胸に込み上げてくるものを覚えて、猪を持ち帰らずに雪に埋めてしまったという。
 それから何日か過ぎたころ、Mおじさんの手元に訃報(ふほう)が届いた。
十二月八日、真珠湾攻撃において戦死、享年二十一歳だったという。Mおじさんとおやじは黙ったまま、目にいっぱい涙を浮かべて、どぶろくを呑んでいた。

平和な日本の礎
 そのことがあって以来、鉄砲をかついで山に入るMおじさんの姿は見かけなくなったという。
当時の若い青年の命が日本の国の礎となって死んでいったのだ。
 何かにつけ平和な今の日本。戦うことを意識せず暮らせる日本。
多くの若者が成人式を迎えたのはついこの間だった。

*このコーナーは毎週日本海新聞で掲載しています

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