ヒゲおやじの絵日記/心の旅人
第3話「宝物」
絵と文・猪熊燻太郎/提供・朝野家
狭い路地に入ると、酒場や遊技場、食堂に質屋が軒を連ねている。人の話し声や笑い声、
食器の音が酒と焼き肉のにおいと交じり合って路地に漂っていた。
◆出会い◆
一人の少年がしきりに何やら拾いながら、足速に歩いている。
少年のあとを付かず離れず、ゆっくりついて来る一人の紳士がいた。やがて紳士は少年に近づき、 名前を尋ねた。少年ははっきりとした声で、「三嶋耕吉」と答えた。
少年は家に母親が病気で寝ているので、その薬代を稼ぐために毎晩、タバコの吸殻を拾い集めているのだと言う。紳士は、素直で澄んだ目の少年に、持っていた財布を握らせて言った。
「どんなにつらい事があっても頑張るんだよ。きっと楽しい日がくる。強い優しい子になるんだよ」紳士はそれだけ言うと背を向けて歩き出した。
「おじさん、名前を教えておくれよ…」少年が聞いた。紳士は振り向いてニッコリ笑って「怪しいお金じゃないから心配しなくていいよ…」。 耕吉は名も付けずに去って行く紳士のうしろ姿を見送った。
◆忘れ得ぬ人◆
それから少年・耕吉は一生懸命働きながら勉強して、やがて弁護士になった。
法廷に立った三嶋耕吉の目の前に引き出された一人の男を見て、ハッと驚いた。
雨が降っても雪の日も、苦しい時は月を見上げて耐えて、今日まで来れたのも、あの晩、大金をポンと渡して名も付けずに立ち去った紳士のお陰だ。どうして忘れることができよう。
その人が今、目の前の容疑者として立っているのだ。三嶋耕吉は一心不乱に事件を調べ上げて、ついに恩人の無実を晴らしたのだ。
      
僕が中学時代、おやじがどぶろくを飲みながら語ってくれた話だった。
三嶋耕吉が実在した人物かどうかは不明だが、親父の心には生きていたに違いない。
三嶋耕吉は人の捨てた吸殻が宝物だったのだ。人を愛しむ心があったから運命を変える出会いが生まれた。
人によって宝物は異なるが、志を持ち、見栄を張らず、格好ぶらず、うまく世の中を泳げなくても良い。
自分と戦いながら、『お前の宝物を探せ』と、おやじは言いたかったのだろう。

*このコーナーは毎週日本海新聞で掲載しています

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