ヒゲおやじの絵日記/心の旅人
第31話 老兵の輝き
絵と文・猪熊燻太郎/提供・朝野家
茅葺きの屋根裏
 鳥取県智頭町に行くと、今は幻の住居となった茅葺屋根がよく目に付く。日本人の心のふる里・茅葺屋根を見ると、自然と民謡が流れ、涙も流れる。智頭の村で、腰をくの字に曲げて畑仕事に励む年寄りに声をかけて話を聞いたことがある。
◆消える茅葺屋根◆
 懐かしがって、絵や写真を写しに来るが、日本が戦争に負け、どん底から復興に向かった時代、誰もが、アメリカを向くことがオシャレで、進歩的と考えるようになった。麦めしがパンに変わり、父さん、母さんがパパ、ママで、日本酒と焼酎がワインとビール、番茶がコーヒーに変わったように、茅葺屋根は貧乏の象徴で格好悪いと言って、雪を溶かすようにしてつぶしていった。西洋かぶれになることが悪いとは思わないが、日本人の劣等意識の表れだったかも知れないという。
◆農村の裏の顔◆
 茅葺屋根は十五年から三十年ごとに取り替えるのだが、茅草集めと葺き替え作業は大勢の村人の協力を必要としたという。
 昔から農村は村人同士の助け合いで生きて来た。防犯の役割も、村の子ども達の教育も、共に自然体で成り立っていた。それらを表の顔とするなら、裏の顔もあるという。
 農村では、昔から変わり者の出現を好まず、時代は刻々と変わっていっても、変革を好まない不合理も、おかしいと思っても変えようとはしない。人より先んじて、人目に付くこと、変わったことをすれば、寄ってたかって足を引っ張り、たたき、無視されて輪の外にはじき出され、アウトローとして孤独に耐えるしかないのだという。
◆うわさを恐れて◆
 昔から、その役割を果たしてきたのが、村の婦人会であり、消防団、青年団、農協組織、各種グループ組織内でのいわゆる『うわさ』話だという。うわさを恐れるあまり、農村の変革も進歩も、変わり者の出現も許さなかったのが事実だ。今もそれは変わらない。村の寄り合いに行っても、人々は出来るだけ熱心に下座を確保することに努力し、極力発言は差し控え、とにかく、みんなと同じになることを考えるのだという。それが農村で生きていくためのバランス感覚なのだという。住居も食生活も、車も取り替えていくことは形の上では素早いが、精神構造は依然として昔と変わらない。
◆屋根裏の芸術品◆
 農村で生きていくときは、とにかく人のうわさ話に乗らないように心がけることだという。智頭で出会った腰の曲がった年寄りの顔のシワがそのことを物語っていた。
 それにしても茅葺屋根の裏側をのぞくと、人の心の裏側と違い、木と縄で巧みに組んだ形は、昔の人の息吹が伝わってくる芸術品だ。老兵の輝きを見るようで、自然と頭が下がる。

*このコーナーは毎週日本海新聞で掲載しています

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