ヒゲおやじの絵日記/心の旅人
第27話 鬼夜叉 〜夢之助シリーズ3〜
絵と文・猪熊燻太郎/提供・朝野家
空飛ぶマント
 「しっかりとつかまっていろよ」。大猫は夢之助に言うと、見たこともない光のトンネルの中を一気につき抜けて行った。
◆過去の時間の世界◆
 「過去の時間の世界に入ったのさ」。大猫に言われて見渡すと、そこは、いつかお父さんと一緒に美術館で見た絵の風景が広がっていた。
 「上を見ろ」。大猫が大声で言った。目の前に、もの凄い灰色の雲の塊が迫って来た。雲の中から数十メートルもある大きな鬼夜叉がにらみ付けていた。不思議なことに、その視線からは恐ろしさとか、嫌忌や妖気よりも、悲しさとか、憂いさえ感じた。
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 大昔、高い地位にあった人の霊が現れたのさ。人々の幸せを常に願って政治を行っていたが、反対派の一味の陰謀でおとされたのだ。民衆は一味の根拠のないデマと悪口を鵜呑みにして、手のひらを返すように、その人に冷たい視線を浴びせた。その人は大衆の付和雷同する軽率さを嘆き、とうとう人を避けて山に入り、世捨て人となった。
◆本物見抜く目◆
 毎日、空を眺める雲を眺め、谷を渡る風の音を聞き、山野の鹿や小鳥と語りながら人知れず世を去ったのだ。夢之助、あの雲に現れている鬼夜叉は今も人の夜を憂えう心と無念の姿なのだよ。
 鬼夜叉になる宿命をもって生まれてきた人だったのだろうが、聡明で美しく、才能ある人を鬼夜叉に変えてしまったのは、ある意味で大衆の本物を見抜けない目だったのかも知れない。人の目というものは、ただ物を見るだけのものではないのだ。時として人を善人にも、悪人にも、鬼夜叉にも変えてしまう不思議な力が秘められているものなんだよ。
◆表面だけで判断せず◆
 大猫は大きくため息をつくと、昔、偉い人の詩なんだが、と言って夢之助に聞かせた。

 花開けば
 蝶枝にみる
 花散れば
 蝶またまれなり
 ただ古巣のつばめあり
 主人貧しきも
 また帰る

 つまりだ。『人の世というものは地位や名声や財の花を咲かせると、なぜか、もみ手をして寄って来る。しかし、それらを失い、花が散ると、誰も声をかけてくれる者もいなくなる。貧しく老いぼれたこの家に、つばめだけは今年もまたやって来てくれた』と言う人の心の寂しい詩なのさ。夢之助、お前は大きくなっても人の表面だけで判断するんじゃないよ・・・。
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 夢之助は、大猫の話にただ黙ってうなずいていた。「さあ帰ろうか」。大猫は魔法の空飛ぶマントをひる返した。


*このコーナーは毎週日本海新聞で掲載しています

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