ヒゲおやじの絵日記/心の旅人
第24話 遠くの隣人
絵と文・猪熊燻太郎/提供・朝野家
夏の夜話
 「まあ聞いてくれ。だれかに伝えておかんと死ねんような気がしてな」と、知人のNさんの堅い口が開いた。
◆人を悪魔に変える戦争◆
 昭和十二年夏。中国北京郊外で、一発の銃声で日本は悪夢の日中戦争に突入した。南京大虐殺、中国人の生体解剖実験。日本軍の一人、Nさんの見た中国人残虐行為の姿が語られるたびに耳を疑った。
 日本兵数人が乳飲み子を抱えた母子を捕まえて、乳飲み子を空に放り上げた。落ちて来る下に銃剣を立て、串刺しにした。狂乱状態の母親をたらい回しに戯れる日本兵。小説でも、映画でもない。身の毛もよだつ戦争による残虐行為なのだ。
◆人は罪を背負った存在◆
 Nさんは過去の罪を悔い改めるように次々と話し続けた。日本兵のすべてがそうであったとは思えないが、戦争は人を悪魔にも鬼畜にも変えてしまう破壊力を秘める。人間は元々、罪を背負った存在なのかも知れないという。
 日本人は上から下まで、中国をべっ視してきた悲しい時代であった。中国は敵国の子供を殺さず育て上げる愛のパワーがあった。平和ボケした日本にそんなパワーがあるだろうか。
 「いつか中国は日本の上に立つ国になるかも知れない」と語ったNさんは、十一月の雨の日に亡くなった。奇しくも十二月三日、町役場の水垣さんと穴田さんの紹介と案内で、中国から島根大学に日本を学びに来ている若い女性留学生二人に出会う幸運に恵まれた。
◆天に向かって育つ◆
 王欣(カン・シン)さんと陳海磊(チン・カイライ)さんだ。両国に悲しい過去があり、残留孤児の話に、罪を憎んで人を憎まず、人間の最高の幸せは人を許す心─。正確な日本語でニッコリ笑って言ってのけた。
 日本のイチョウの木は中国から渡ったとか。別名『公孫樹(コウソウジュ)』。イチョウは年輪を重ねた老木にならないと実が実らないという。高齢になって華々しく天に向かって輝く木として尊重されるという。日本で『自強不息』という言葉を学んだ。人間本来の姿は可能性を信じて、イチョウのように天に向かって育つ。
◆世界一の国に◆
 二人は中国に帰り、外交官になるという。そして日本に来たらおじさんに会いに来ると言って笑った。「中国は必ず世界一の国になります」と言い切る、二人の留学生の瞳の輝きの中に、Nさんの言った日本の上に立つ国─の言葉を思い出した。別れ際に中国のことわざをおみやげにいただいた。
『海内在知己
  天涯比令』
 遠く離れていても私を理解してくれる人は隣の人です。

*このコーナーは毎週日本海新聞で掲載しています

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