ヒゲおやじの絵日記/心の旅人
第23話 戦友
絵と文・猪熊燻太郎/提供・朝野家
夏の夜話
 あれは雪のない冬の二月のことだった。凍てつく風が吹く夕暮れ、家の前のバス停待合所に、自転車で旅をする一人の男が野宿した。
◆宗谷の丘を目指して◆
 不審な顔で見つめる僕に気付き、近づいて来て言った。あんたの家の前で野宿するが、怪しい者ではないから心配しないでほしい、と丁寧なあいさつをくれた。熱いコーヒーを提供し、夜風が冷たいからと段ボール箱で囲ってあげた。
 一夜明けて、世話になったと丁寧なあいさつをして旅立とうとするので、これも何かの縁と、家内の作った朝食を共にしながら、身の上話を聞いた。歳は七十歳。十月に沖縄を自転車で出発し、春の北海道の宗谷岬を目指して旅を続けているという。寒空の下をその歳で、飛行機か新幹線で行けばと問うと、彼は腰にしっかりと結んだ紫のふろしき包みを外して、中から一体の位牌を取り出して見せて、妻だと言った。
◆おもちゃ工場に夢託し◆
 子供のころ、貧しくておもちゃも買ってもらえなかった。学校を卒業すると苦労しておもちゃ工場を建て、妻と結婚し、さあこれからと思う矢先、赤紙が来て南方の戦線に送られた。九死に一生の思いで帰って見ると、焼け野原、無一文。もう一度おもちゃ工場に夢を託し、妻と二人で行商を始めた。苦労の中にも、いつか楽になったら二人で宗谷岬に旅をしようと誓って頑張った。だが、沖縄の現実は厳しかった。
 粘りに粘り通したが、ついにかけがえのない妻が病に倒れて死んだ。せめて位牌だけでも抱いて宗谷の丘に立ちたい。苦労かけて死なせたのは自分だ。飛行機や自転車で行ったのでは妻にすまないのだ。命の限りペダルを踏んで行くんだ・・・
ペダルのひとこぎひとこぎには、妻へのわびと祈りが込められているという。哀しくも胸が熱くなる話だった。
◆同じ目的の旅人◆
 人は悲しいことや苦労がないのがすべて幸せではない気がした。夫婦とは、同じ目的に向かって旅をする戦友なのだと思った。つかの間の出会いだったが、人生の大先輩は最北の地に向かって自転車をこいで旅立った。荷物にしばり付けられた、揺れる寒椿の花がなんとも印象的だった。

*このコーナーは毎週日本海新聞で掲載しています

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